今だからこそ、求められる国語力と対話能力の育成


2018年10月に読売オンラインに執筆したコラムを、元原稿から再現したものです(掲載された文章とは一部異なっています)。

■ 「12才の子ども」に、もっとも欠けているものとは?

学校選びのポイントは数限りなくあり、保護者の教育観や子どもの性格によっても、「どのポイントを重視するか」は異なるでしょう。ただ、最近私が、「子どもの性格による向き・不向き」とか、「進学校か大学付属校か」の選択などとは別の次元で、「学校評価の最重要ポイント」としてこだわっているのは、「国語教育」と、母国語による対話能力(対人関係力)の育成にどれだけ力を注いでいるかということです。
あえて「コミュニケーション教育」という用語を使わないのは、ディベートやプレゼンテーションばかりが重視されて、「読む」「書く」という基本がおろそかになることを危惧するためです。古今東西を問わず、「母国語」を読み、聞き、書き、話すこと以上に重要な能力はありません。そのために、漢字や語彙の学習は基本中の基本。正しい言葉遣いや美しい言語表現を学ぶためには、敬語の使い方、読書の習慣づけなども不可欠でしょう。
この程度のことは、「学習指導要領」にも、どの学校のパンフレットの「国語の指導方針」にも書かれています。でもあえてそこにこだわりたい、こだわってほしいと思うのは、それこそがいま目の前にいる12才の教え子たちに(いや、おそらくはもっと上の世代まで含めて)一番欠けている基礎教養だと思うからです。
「グローバル化」に対応した教育はもちろん重要ですが、たとえばいまもっとも「グローバル」に活躍されている日本人の一人である落合陽一さんは、「プログラミングや英語教育より大切なこと」というコラム(https://www.moneypost.jp/262447)のなかで、次のように指摘されています。コンピュータの翻訳技術がどんどん向上しているため、これから「グローバル」な人材として活躍していくために必要なのは、もはや「英語力」ではなく、「コンピュータが翻訳しやすい論理的な言葉遣いが母語でちゃんとできること、つまりそのような母語の論理的言語能力、考えを明確に伝える能力が高いことのほうが、はるかに重要」だと。

■ さまざまな教育問題の「根っこ」にあるもの

宿題を提出するのに、いきなりノートをつきつけて「これ」としか言えない子、ハンバーガーが美味しくてもマンガが面白くても「超ヤベ~」以外の語彙をもたない若者、そして他人の目をみて話すことができないのにSNSでは異常に雄弁な人たちが巷にあふれかえっています。彼らの発する言葉やSNSに書き込まれた文章は、どんなに優秀なソフトを使っても「翻訳」不可能でしょう。いや、日本人であっても「特定のコミュニケーション・コード(らしきもの)」を共有していない人間には理解できない言語があふれかえっているのです。そして、その「コミュニケーション・コード」が集団行動や対人関係の暗黙のルールになり、それを共有しない人間が「空気を読めない」異分子として排除・攻撃されることもあります。
友だち作りで苦労している子や集団行動ができない子、他人の話がちゃんと聞けない子や、逆に自分が何をしたいのかもはっきり語れない子は、「公用語」であるはずの「ふつうの日本語」をちゃんと習得する前に、まずは「家族内(特に母子関係)」、さらに子ども同士やクラス内の「コミュニケーション・コード」によって、「自分のことば」を奪われているケースが少なくないのではないでしょうか。そして、イジメや学級崩壊、不登校や引きこもりなど,教育問題の多くは、そこに「根っこ」があるように感じられてならないのです。

■ 海城の「ドラマ・エデュケーション」

今年、2回にわたり、のべ10時間ほど、海城の中田大成先生からお話をうかがう機会がありました。長年にわかる海城の学校改革の歴史とその成果に関しては、多くのメディアで紹介されているので、敢えて言及しません(語り始めると、最低でも5回連載くらいの分量になってしまいます)。
ただここで触れておきたいのは、この学校改革のきっかけが、「対話的コミュニケーション能力の欠如」によるさまざまな問題だったということです。たとえば体育祭のような「縦割り」の学校行事で、高校生が中学生をきちんと指揮・指導することができない。修学旅行先の「朝市」で自由行動の時間を与えると、地元のおばちゃんたちに話しかけられるのが怖くて、すぐに集合場所に戻ってきてしまう。研究発表などでマジメに話をすると、あとでネットで茶化されるから、痛々しいほどに「自虐ネタ」で笑いをとり、自己防衛をしようとする。そんな歪んだ学校空間や人間関係のありようを変えるためのひとつの手法として「演劇」を取り入れたのが、海城の「ドラマ・エデュケーション」(DE)です。
中田先生は、「大切なのはまず『人と人とはわかりあえないものだ』という『異質性』に気づかせることだ」と指摘されています。その上で、きちんと他人の話を聞き、会話をするトレーニングをする。次に自分と他人との意見や感じ方の違いを認識した上で、その「すり合わせ」をすることを通して、対話的コミュニケーションを学ぶ。そしてそれをひとつのシナリオにまとめ上げ、最後に「演劇」という形で観客に自分たちの考えや思いを伝えることを通して、大きな達成感を経験させる。その過程には多くの困難や挫折があるでしょうし、最後の舞台が必ずしも上手くいくとは限りません。でも「失敗」したってかまわない。そもそも「わかりあえない」人間同士が、ぶつかりあったり、すれちがったりしながら、「人間関係の経験値」を積み重ねていくことが大切なのですから。
詳しくは是非、中田先生の講演やインタビュー記事、そして演劇家の平田オリザさんの『わかりえないことから~コミュニケーション能力とは何か~』(講談社現代新書)をご一読ください。「人と人との関係」の難しさと大切さをどうやって伝え、育成していくのか、それを真剣に考えてきた海城の教育改革は、日本の私学がなし遂げた、他に例をみない素晴らしいものだと思います。

■ 「当たり前のこと」の小さな積み重ね

ここまで大がかりで、長い年月と多くの協力者の結実である教育実践でなくても、同じ問題意識を共有し、国語教育と母国語による対話能力の指導に力を入れている学校はたくさんあります。
時代の趨勢に流されず、正しい国語教育と読書指導の大切さを語り続けてきた三輪田学園、新聞記事を切り抜いて要約や感想を書く「新聞ノート」指導を地道に続けている光塩女子学院、あまりにも対話能力の未熟な男子中学生のために10年前から「ランゲージ・アワー」(言語技術教育)や「話し方講座」を本科カリキュラムとしている芝浦工大中。「今まではふつう宿題として課してきた読書感想文やレポートが『どうしても書けない』女子生徒が増えてきた」ために、共立女子では今年から「国語表現」という「綴り方教室」のような科目を新設しました。
「オススメの本」を数分間のスピーチで紹介し、「どの本を一番読みたいと思ったか」を投票結果で競い合う「ビブリオ・バトル」はもっと注目されるべき教育実践だと思いますし、ある男子校の図書室前に、交流関係のある女子校の生徒が「男子に読んで欲しいオススメの本」を紹介したカードが掲示されていたのも、「セイシュンだなあ」と、とても微笑ましく感じました。もちろん、それだけでイジメや不登校などの問題が解決されるわけではないでしょう。でもそうした小さな一歩一歩の積み重ねが大切だと思うのです。

■ 小規模な学校訪問会で得られる情報と感じられること

先日、洗足学園を訪問したとき、国語の授業で「ビブリオ・バトル」の打合せをしているところを通りかかりました。すると「誰か『ビブリオ・バトル』のことを見学者の方々に話してくれる?」という教師の指示に、一人の中学生がすっと立ち上がり、はきはきとした声で、短く簡潔に、堂々と説明してくれたのがとても印象的でした。初対面の大人を相手に、まっすぐな姿勢で、正しい日本語で話すことができる。それだけでその子たちが「まっすぐに育っている」ことがわかります。
光塩に進学した高校3年生の教え子は「携帯電話は禁止だけど、むしろいろんな人とたくさんおしゃべりできるから、とっても楽しい」と自慢げに語ってくれました。部活の部長としても、また成績面でも、いろんな苦労をしてきたことを笑顔で語ってくれた姿をみれば、「まっすぐに育つ」ってどういうことか、きっとわかるはずです。
他にも、もっと素晴らしい「母国語教育」や「対話能力」の育成を実践している学校はたくさんあるはずです。それはただ私が不勉強で知らないだけかも知れませんが、ひょっとすると「こんなことはどこの学校でもやっているはずだ」「いまの受験生の保護者は、こんなことに興味をもたないだろう」という思い込みで、きちんと情報公開や「宣伝」をしていないだけというケースも少なくないと思うのです。
私たちの塾では、塾生の保護者対象の学校見学会を年間20校以上実施していますが、50名程度の小規模な見学会なので、説明会では語られない「国語教育」への取り組みについて質問することもできるし、教室の中まで入り込んで、授業中の生徒の姿をじっくりみることもできる。教え子と再会し、彼らの立ち居振る舞いや話し方を通して、どんなふうに育てられているのかを確認することもできます。
皆さんも、ネット情報や偏差値に囚われることなく、是非一つでも多くの学校の、できれば小規模な説明会に足を運び、先生や生徒たちの日常を観察し、「どんな子に育ってほしいのか」という視点で学校選びをしてみてはいかがでしょうか。

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